書き物のまとめページです。 全部amazonのkindleです。
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自作ほしいもの挑戦7
12/4 あたりに冬になり、ストーブをつけ。
上でさつまいもを焼いてみたら
案外ねろねろになったので
ひさしぶりにカットして、ほしいもづくりに
また挑戦してみました。
とりあえず切って、なにか網に……と思ったら
どうも去年かっていなかったらしく。
ザルでもいいかと思ったもののなんだか汚く。
しかもつかいづらそうだったので
油はねガード用の網をひたすら洗い、
その上に干して風を当ててみました。
一日置いて次の日食べてみたら、
焼き芋の形がかわったもの、程度の感じでしたが
このまま干していけばねろねろしたほしいもに
なりそうだ、というところまではできました。
やはりねろねろのほしいもを作るには
ねろねろの焼き芋を作ることが必要だったのです。
お金があれば研究したいところですねえ。
水と干しぶどうとワイン
水に干しぶどうを入れておくと、
古代ワインのようなものができるのだそうです。
では、生ぶどうでは、とすると同じようにはならず。
生ぶどうにはカビとかの菌が多く存在し、
干しぶどうには、発酵菌が多く存在したのだそうです。
乾燥機で干すのと、天日で干すのとでは明らかな優位差があり、
発酵菌は外にいたものが空気に乗って来たのだと
考えられるそうです。
これは、すごくおもしろい話だと思います。
わたしは前々から気になっていたのですが、
動物の死体を放置すると、
そばに行くだけで病気になるような何かが
発生するのだそうです。
買い物をした魚パックからこぼれた血も、
バッグについたままだと、ちょっと触れて
その手で食事をしただけで
食中毒を起こすほど毒性の強いものだとか。
この、毒性が、元から血の中に含まれるものなのか、
それとも後に発生するものなのか、
とても疑問だったのです。
でも、先の干しぶどうの話を思うと、
動物の死体を放置すると、空気中にあって
風ではこばれてきた腐敗菌的なものが
死体に取り付き、血で増殖して
病毒をばらまくのだろうと、考えることができました。
死体は虫とかが食べに来ますが、
おそらくあれは、腐敗菌的なものが繁殖し、
周囲に病毒をばらまく前に処理をする、という
システムなんだろうなと思えます。
わたしもいつか一人で死んで、
腐って虫に食い荒らされ、床の染みになり。
くせーくせーと、人間こうはなりたくないなと、
死んでまで侮辱される目にあうかもしれないと思うと
本当に憂鬱です。
見取られて死んで、お葬式もあげてもらって
ちゃんとお墓に入りたいものです。
犬禁止の上野
昔、上野では、犬を飼うことが禁止されていたのだそうです。
というのも、飼い犬をそばに置いて挨拶を交わすとき、
出身の『上野(かみつけ)』を口にするのを合図として、
相手に『かみつけ』と命令して噛み付かせるという
事故に見せかけた暗殺がはやったからだとか。
そうして長らく犬を見かけなかった上野ですが、
明治になってようやく犬を飼うことが許されたのだそうです。
それを象徴するのが、上野の西郷隆盛像。
犬を連れたその姿は、歴史が大きく動いたことを現します。
これに伴い、『上野(かみつけ)』も『上野(うえの)』に
なりました。
(参照:民明書房『世界の暗殺法』祭甲田 果森 著)
昔のしょうゆラーメン
ラーメンを食べました。
なんだか味がシンブルで、
しょうゆっぽいベースの味に、それっぽい麺。
どこか昔っぽい味だけどこういうの好きだな、こういうの。
どことなく素朴で昔ながらの味で……
と言ってみたら、そのラーメンは
昔ながらの味のしょうゆラーメン、みたいなものだったそうです。
なにかしら、昔っぽい成分でできていて、
それをわたしも感じられるんですねえ。
――やるじゃない!
と、なんだか感心したしだいです。
結構好きな感じの味でした。
こどもにおすすめの時期
人間には、何かをするにふさわしい時期、というものがあります。
「いつかアレしたいなー」
と思うとき、その『いつか』はまず来ません。
もし来たとしても、そのときには
かつて想像したような楽しみがなかったりします。
たとえば、『いつかバケツでプリンつくって
おなかいっぱい食べてみたい』とかの望み。
親などから止められて、
将来自分で作れるようになったときに、と思うと
いざそのときになったら、
プリンばっかりでおなかいっぱいにするのは無理、
という状態になります。
食べ飽きるのもそうですし、糖分的にもそうです。
こどものうちにできることは、
こどものうちにやらないとだめ。
たとえば誕生日にでも、
大きなボールにプリン作る液でも入れて煮て、
作ってしまえばいいのです。
大きな夢みたいなプリンが、ぼぼーんと
そびえたつような想像するでしょうが、
実際はそんなことにはなりません。
べたーんとつぶれた形になるので
深めの大皿が必要になります。
なぜか。
それは、大きさが倍になるだけで
重さは8倍くらいになるからです。
プリンはやわらかいので
自分の重さを支える外殻でもなければ自重でつぶれるのです。
これが、現代技術でも巨大人型ロボットが
作れない理由でもあります。
大人の小銭でどうにかなるようなものは
こどものころにやってしまうに限ります。
そこに知識でも加えればなにかしら思い出に残るでしょう。
基本的に。
ほしいときにほしいものが手に入ることは、
まずないんですよねえ。
それができるのは運のいい人だけでしょう。
運がやたらあるとか、実家が太いとか。
生前お金なくて苦しみながら創作していた人が
死後評価されて大量のお金が動くとかは
見るとやるせなくなります。
そんなのでなくとも、
おなかいっぱいなにか食べる系で、
心が満たされるまで食べられるのは
おそらく二十代くらいまででしょう。
いつかお金持ちになったら回らないお寿司を
満足するまでおなかいっぱい……と思っても
お金がたまっても年もたまってたら
多分満足できません。
わたしも運さえあればなあ。
人生あきらめてただ死を待つような
くだらない生き方しなくてもよかったでしょうに。
羊肉でジンギスカン
北海道では基本的に、羊の肉を焼いて食べることを
ジンギスカンと呼びます。
これは現在、北海道以外の人でも
結構知っているようです。
では、羊ではなく、山羊の肉を焼いて食べるのを
北海道ではなんと呼ぶか、というのは
意外と知らない人が多くて驚きました。
もちろん、ジンギスカン……ではなく、『やぎにく』です。
まあ、それはそれとして。
ジンギスカンは、戦争のためのウールを取るために
集めた羊の、肉も食べるために開発されたとか。
また、ジンギスカンなべのあの形は、
羊の脂に臭みがあるのでそれを流し落とし、
においを減らせるように作られたものだとか。
それに、ベル食品のジンギスカンのたれは、
羊のくさみを減少させる用に開発されたものだとか。
ジンギスカンひとつをとっても歴史の必然のようなものが
あったんですねえ。
ブラックイカフライデー
ブラックフライデーセールとやらで
黒いイカ墨カップ焼きそばみたいなのを
売っていたので食べてみました。
麺はなぜかもちもちしていて、
黒いタレをかけてたべたら結構ひりひりしてきます。
スパゲティのペペロンチーネ? かなにかに
似ているような気もしました。
辛かったものの意外と悪くない味で、
焼きそばとスパゲティってどこからどう
分けているんだろうとぼんやり思いました。
ちょっと違うことをするのはおもしろいですねえ。
ひよことにわとりのエサ
ニワトリの餌は、
ひよこの時はペースト状、
成体の時は固形物にするのだそうです。
ひよこのペーストをやめ、固形物に切り替えるタイミングは、
その鳥がコケーと鳴いたとき、だそうです。
コッケーなコッコの話です。