書き物のまとめページです。 全部amazonのkindleです。
このページを見ている方法でサンプルを見られますので、まずどうぞ。
レビュー:魚沼草もち
(株)ゆのたにのお菓子、『魚沼草もち』です。
◆◆画像26-06-30◆◆

新潟の会社のお菓子です。
桜餅を緑にしたようなお餅の中に、つぶあんが
たっぷり入ったお菓子です。
よもぎの香りと味はあります。
あんこはくどくなく食べやすかったです。
全体としては、普通におしいです。
赤緑色盲と顔盲
ふと赤緑色盲のことを目にして、
他人がわかるものの区別ができないって
どんなもので、どういう気持ちなんだろう……と
ぼんやり思っていたところ。
他人がわかる人の顔が、区別できないのと
概念的には同じなんじゃないかと思い至りました。
赤緑の色がわからないから赤緑色盲。
なら、人の顔がわからないなら、顔盲
とかいって、赤緑色盲と同じくらいに扱われていいほど
ひどい状態なのではないでしょうか。
人の顔がわからないからだれでも初対面と同じになるし、
そこにいる人が、自分の知り合いなのか
そうでないかもわからないし。
社会人なんて一度会った人は顔と名前知っていないと
社会人失格レベルのものが
見覚えがあるとかないとかではなく、
毎回つねに初対面になって、すごく無礼な人間扱い、
社会人失格扱いをされるほどひどい扱いをされます。
ひょっとしたら人の顔がわからないって、
赤緑色盲と負けず劣らずのことなのでは……
どいう感じのことを言ったところ、
赤緑色盲の人に、
人の顔がわからないほうが大変じゃない?
みたいに言われました。
やはりそんな感じなのか……!
となんだか目の覚めた気分です。
絶対に他人しかいない、とわかっている場所ならともかく、
知り合いがいる、知り合いがいるかもしれない、
という場所は、いつ人でなし、社会人失格の扱いをされるかと
ぞわぞわびくびくしますもんねえ。
他人と仲良くなるにしたって、
ほかの人は、誰かを『その誰か』と認識して
仲良しレベルをあげていけますが。
わたしは誰かを『その誰か』と認識できないので
仲良しレベルなんてあげるどころの話ではありません。
……わたしは。趣味も興味も、他人の顔がわからないのも
とにかく他人から隔絶されるように
呪われている気がしてきました。
他人の顔がずっと区別ついていたら
わたしにも違う幸せな人生があったんですかねえ。
もしセーブとリロードがあったとしても、
やり直しのきかないバグしこまれていて
どうにもならないのが悲しいです。
卑弥呼の読み方 の謎
邪馬台国の女王『卑弥呼』の名前は何か、
というのはとても人気のある話です。
現代では一般的に『ヒミコ』とされていますが――
冗談ではありません。
ほかの音ならまだしも、『それだけはない』と言えます。
なぜか、と言えば。
それは『常識』の問題です。
邪馬台国を考えようとする人間は基本的に、
『古い時代の常識』がありません。
古い時代を考えるのに、現代の常識を使うため
内容がめっちゃくちゃなのです。
邪馬台国の話は、大体『西暦250年ごろ』。
これが、わかっているでしょうか。
もちろん、
わかっているかわかっていないかと問えば
『わかっている』と答える人ばかりでしょうが、
心の底から『西暦250年ごろの話』であると
理解し、納得している人間がどれだけいるのでしょう。
たとえば、
『卑弥呼は名前で「ヒミコ」である』
という説。
こんなものは常識的にありえません。
ここで、
現在は西暦600年ごろの人物だとされている、
蘇我馬子(そがのうまこ)を思い出してください。
この人はもちろん男性で、
『ウマコ』と『コ』がついて男性名です。
ほかにも、
小野妹子(おののいもこ)という人がいます。
この人も『イモコ』で男性名です。
さらには、
中臣鎌子(なかとみのかまこ)なんて人もいます。
これも、『カマコ』で男性名です。
……わかりますか?
邪馬台国の時代から350年という長い時間が経っても、
『子(コ)』がついて男性名になるのですよ?
じゃあ、常識的に考えたら、
そのころより350年も前の、
古い日本語の世界に属する女性の卑弥呼が、
『ヒミコ』なんて男の名前を持っているわけが
ないじゃありませんか。
『卑弥呼は名前で「ヒミコ」である』と述べられる人間は、
知識も教養もなさすぎます。
といえば、
「いやいや、卑弥呼は『日の巫女』や『姫巫女』など
役職の『巫女』がらみで『ヒミコ』と発音するんだよ」
とでも言う人がいるかもしれませんか。
……これは、もっと狂った話です。
そもそも、『巫女』という単語は、
どこで扱われるものかご存知ですか?
――神道です。
『巫女』という言葉は、基本的には神道用語です。
それが、わかっていますか?
神道の言葉というのは、
古い神道に属する人間くらいしか
まともに扱うことはできません。
たとえば近現代の人間は、
『八百万の神』を『数多くの神様』とか
『日本全部の神様』とか、
そんな意味を平気で述べるでしょう?
でも、『日本語として』、
『八百万の神』はそんな意味には絶対になりえないのです。
いいですか?
『神道用語としてそんな意味にはならない』
ではなく、
『日本語としてそんな意味にはならない』
のですよ?
なのに、近現代の人間は
そんなこともわからないまま
平気で八百万の神などと口にするのです。
そんな、言葉にも疎い、
神道のこともろくに知らない人間が、
『ミコ』なんて神道用語をとりあげて、
まともな理解をできるわけがないでしょう。
はっきり言ってしまいましょう。
西暦250年ごろの古い神道においては、
『巫女(みこ)』なんて言葉は存在しません。
もしその言葉が存在したとしても、
その言葉があらわす役職につけるものは男性だけ。
絶対に女性はつけないのです。
この『神道の常識』が。
『日本語としての道理』が理解できますか?
先に述べたように、
西暦250年ごろの日本において、
『コ』は男の発音です。
古い時代の言葉として、
正しく『コ』は男の発音なのです。
たとえば
『ヒ』に男の識別子をつけたら『ヒコ(彦)』、
『ヒ』に女の識別子をつけたら『ヒメ(姫)』、
です。
同時にできた言葉だから、同じ重さで
性差があらわされています。
たなばたさまの男女ベアも、
『織姫』と『彦星』になっているでしょう?
ほかにも、
『むすこ』と『むすめ』。
『むす』に男の識別子をつけたら『むすこ』。
『むす』に女の識別子をつけたら『むすめ』。
その単語ができたころの、古い古い日本語において。
男は『コ』で、女は『メ』なのです。
昔の性の対応は『男と女』ではありません。
『子と女』です。
現代にだって、この概念は残っています。
発音は変わりますが、
『王子』と言えば、『王のこども』という意味でなく、
これで『王の、男の子』という意味です。
女の子にしたいなら、『王女』です。
対応は『子と女』。
外国に行って戻ってきた『帰国子女』。
これは、
『帰国した男』が『帰国子』、
『帰国した女』が『帰国女』。
あわせて『帰国子女』。
『帰国した、男と、女』という意味です。
『子と女』のペアです。
ほかにも、
『子どもの日』とは、男の子のお祝いです。
『子』がそれだけで男の子をあらわします。
さらには、ほかにも、
『兵児(へこ)』の音は男性のみです。
日本語の古い単語が生まれてから、今に至るまで、
『コ』はそれで男性をあらわすという概念が
残り続けているのですよ?
そんな日本語にもとづく世界で。
『ミコ』という男性名詞の発音のジョブに、
女の卑弥呼がついているわけがないでしょう。
ちょっと位相をずらせば
『プリンス』というジョブに
女がついているわけがない、ということです。
『プリンス』と同等のジョブに
女がついていると示すなら、
『プリンセス』に名前が変わります。
『ミコ』という発音はそういうものです。
ほんとうに、
邪馬台国の話が『西暦250年ごろ』のものだと
理解できていますか?
理解して考えるというのがこういうことだと、
ほんとうにわかっていますか?
口先だけで、
「邪馬台国は『西暦250年ごろ』の話だよ」
なんていったところで、
その概念を心の底から理解して納得できていないなら
なんの意味もありません。
ほかにも、魏志倭人伝の記述を見て、
「『卑弥呼』は『姫巫女(ひめみこ)』などの役職名であり、
近くに出てくる『卑弥弓呼』は
『ヒコミコ』などの音が対応する」
などと言う話。
これも本当に頭がおかしいです。
古代語では、『ミコ』自体が男性発音なのですから、
『ミコ』は言ってみれば男性名詞です。
その『ミコ』のジョブにつけるものは、
はじめから男性だけしかいません。
つまり。
当時の日本語の原則、日本語に基づく常識からすれば、
『ミコ』につけるのは男性だけであるゆえに、
『ヒコミコ』なんて、わざわざ男性である識別子をつけて
名詞にする必要はないのです。
『ミコ』になれるのは『おとこ』だけ。
ならば、『ミコ』だけで充分です。
ほかは必要ありません。
その、男のジョブである『ミコ』に
あえて女がついたことをあらわすのならば、
そこにこそ女をつけます
もし、同時に対としてできた言葉であれば、
『ミコ』に対応するのは『ミメ』などの音。
区別字をつけられたのなら、
『おんなミコ』や『ミコめ』、『めのミコ』などの
ようになるでしょう。
それが、当時の常識です。
たとえば、近代では。
西洋カフェー店で客と接するのは男の役目でした。
これが『給仕』。
でも、日本では接客は女がやることも多かったため
男の『給仕』という言葉とは概念が合いませんでした。
そこで作られたのが『女給仕』、
略して『女給』という言葉です。
日本語は、そういうことを昔から行う言葉です。
この常識をもってください。
たとえば、古い言葉を出すなら、
金属という意味の『カネ』。
これが基礎単語となり、
黒ければ『くろがね』、
黄色ければ『こがね』、
赤ければ『あかがね』、
と、基礎単語に、基礎単語から外れるものをつけます。
これを踏まえて、『巫女』の漢字を見てください。
『給仕』に対する『女給仕』のように、
『巫女』で『女』の文字がついているでしょう?
これに対し、一応『巫子』というものも存在します……が。
正しく対になっているのであれば、
『巫子(ミコ)』、
『巫女(ミメ)』、
となるはずのものが、そうなっていません。
これは、
男性ジョブの『巫』に、女性がつくようになり、
その区別として『女』をつけたことを
言葉としてうかがわせます。
それは、『コ』が女性をあらわすようになってからできた、
新しい概念語であることを意味する単語の作りです。
今では西暦600年といわれている男性に
『コ』が普通についているのを見ると、
『コ』でもっぱら男性があらわされなくなったのは
それ以降のことでしょう。
すくなくとも。
『西暦250年ごろ』の話ではありません。
つまり、
「卑弥呼は巫女(みこ)的なことをやっていたから
名前に『ミコ』の発音が入るのだ」
系のことを述べる人間は、
『頭の時代がズレている』、のです。
『西暦250年ごろ』の常識がありません。
どこの時代にもとづいて物事を見ているのか、
しっかりと問い直してください。
こういったように、
邪馬台国研究でだめなのは、
研究をしようとしている人間に
とにかく常識がないことです。
古文の読み方の常識もなければ、
古い言葉の常識もなく、
古い神道の常識もありません。
学術的な研究は、先達の残した結果に
新しい結果を積み重ねて高みをめざすものだと言いますが、
常識なしのゆがんだ土台にテキトーにつんだ研究もどきの上に
積み上げられるものなどなにもありません。
これまでも示してきたように、
古い神道の人間であれば理解できるような
魏志倭人伝の内容さえ、
常識なしの連中には理解できていないのです。
神道の『し』の字も知らないのに、
卑弥呼は『巫女』だの『アマテラス』だの、
自説に使えそうな神道関係のものをテキトーに
ひっぱってこられる、その精神がわかりません。
その態度は、その行為は、研究者としてどうなのか。
邪馬台国の話、というのは、
たとえれば『一本の鎖』です。
時代・場所・言葉・地名・できごと。
そういった一つ一つが組み合わさって、
全体で『邪馬台国』というものを語っています。
でも、今の一般的な研究者などは、
鎖の輪を全部分解して、
ただひとつひとつだけをとりあげて
何か述べようとするのです。
これは、いけません。
邪馬台国が畿内にあったというのなら、
『畿内にあったからどう』なのか。
人々はどんな言葉を話し、
どんな地形でどう移動し、
どういうやりとりをしたのか。
邪馬台国が九州にあったというのなら、
『九州にあったからどう』なのか。
人々はどんな言葉を話し、
どんな地形でどう移動し、
どういうやりとりをしたのか。
そういうものを、すべてつなげて
一本の鎖として説明しなければなりません……が。
そうやって考えている人、
そうやって述べている人など皆無でしょう。
だから、今さら、わたしが述べているのです。
邪馬台国の話は、基本的にセットです。
その時代、
その時代の情勢、
そのときの地域、
その地域で話される言葉、
その地域に存在する神様、
なぜ神様はその神様なのか、
全部一まとまりで説明ができます。
むしろ、ひとまとまりで説明できないなら、
どこかが狂っているのです。
日本側の人間が、
中国側に対し、どんな言葉を使っていたかわかりますか?
魏志倭人伝にも、
日本側の古文書にも、
それがわかる記述があるのに、
どんな言葉をつかっていたのかも
述べられない人ばかりでしょう?
そういう、必要なことも考えず、
文章も読み込まず、
自分のきもちだけで、
元の文章に自分の思い込みをおしつけて
「これが訳です!」
とかやるから、邪馬台国の内容は
いまでもふわふわスカスカなのです。
今じゃ大学でも
基礎研究なんてどうでもいいから、
ぱっとした、金になるハデな研究を!
とかやってますが。
研究に一番必要なのって、
お金にもならないしぱっともしない、
地味も地味な基礎研究のほうでしょう?
そういう基礎研究とか
地味なものを切り捨てるから
邪馬台国研究はずっといいかげんなままなのです。
……というところで、
世の中から切り捨てられて
ないがしろにされてきたものの、
たいせつな話を述べています。
おそらくいまの明治神道では教えないところでしょうし、
ほかに述べる人ももういないでしょう。
レビュー:鮎もなか(黒)
(株)亀田屋のお菓子、『鮎もなか(黒)』です。
◆◆画像26-06-25◆◆

東京の会社のお菓子です。
もなかの皮のなかに
こしあんが入ったお菓子です。
小さめで細長いため、特にくどさも感じず
ぱりぱりと食べられました。
全体的には、普通においしかったです。
レビュー:干し柿(市田柿)
丸西屋(株)のお菓子、『干し柿(市田柿)』です。
◆◆画像26-06-23◆◆

長野の会社のお菓子です。
ねっとりとした干し柿です。
全体としてはふつうにおいしかったです。
魏志倭人伝『卑弥呼以死』 の謎
魏志倭人伝で結構人気のあるところ、
『卑弥呼以死』。
世にはいろいろな説が出ています。
たとえば、
・中国勢が卑弥呼を殺すよう指示した
・卑弥呼は自殺した
・卑弥呼は自殺を強要された
・日食ができた責任で殺された
・卑弥呼はすでに死んでいた
などなど。
それらの中に、正解はあるのか、ないのか。
……実のところ、正解があろうがなかろうが、
たいして意味はありません。
なぜなら、『それを述べるだけの根拠がないから』です。
根拠なく出される話が、結果として正解と同じだったとしても、
それは単に、『偶然、正解しているだけ』。
地震が起きる日を毎日出していれば
そのうち正解して予言になる、みたいな話です。
学術としてはなんの意味もありません。
実のところ、
魏志倭人伝には、『卑弥呼以死』がどういう意味なのかを
規定する叙述があります。
それを出して根拠として述べていない説などは
あっていようがまちがっていようが、
ただあてずっぽうを述べたものでしかないのです。
……と言えば、
『卑弥呼以死』の意味を確定させる、
魏志倭人伝の中の文字列が探せますか?
という話をまとめました。
https://note.com/amane_chocolate/n/n4f0e1d523e08?sub_rt=share_pb
魏志倭人伝『卑弥呼以死』 の謎
ざっと見たところでは
これまでの人々が述べてこなかった、
魏志倭人伝の中にある根拠を出しますので、
魏志倭人伝は、それに、古文書は、
こういう読み方をするものである、
こういう読み方をしなければならないものである、
というのを見てほしいと思います。
万豚記
国立で見る『万豚記』。
万の豚たちの記録、みたいな感じで眺めていたのですが、
さっき老祥記というのを目にしました。
――あれ? 記ってなにか別の意味がある言葉なの?
と調べたら『の店』という意味だとか。
そういえば
『ほうしんえんぎ』も『封神演義』だし、
『にほんしょき』も『日本書紀』だし
『くだらほんぎ』も『百済本紀』だし、
『さんごくしき』も『三国史記』だし、
『記』は『の店』になるから、
本来は使われないんだなあ……
と思いましたが、『三国史記』は普通に『記』。
三国史のお店……?
使い分けがよくわかりません。
まあ、日本でも、藤村ゆかりの店とかあったら
『藤村ゆかり』って誰なのお? とか
聞いちゃう世の中ですしねえ。
『島崎藤村』の『ゆかりの店』となるのは
知識と教養の話ですし、
中国語の『記』も、そういう感じなのでしょう、きっと。
ありまの店を思え!
――有馬記念!
いっぽんだたら
だいだらぼっちについて考えていたら、
ふと、いっぽんだたらを思い出しました。
だいだら で巨人だとしたら、
だたら も巨人である可能性があるのでは?
そこで調べてみたところ、
いっぽんだたらも巨人だと言われることがあるのだとか。
もうすこしいっぽんだたらについて調べると、
電信柱に目をつけたような姿だとか、
郵便屋は襲わない、という話もあるそうで。
この性質は、
郵便屋は電信の仲間だから、と
いうところから出ているのかもしれないと思えます。
とすると、新しい存在なのかと思い、
ちょっと調べたましたが。
いつからある話なのかはわかりませんでした。
ただ、話をまとめると、
雪山には、雪のふった次の日に、
人が歩いたような、左右にばらつきがある足跡ではなく、
一本足の存在が、大きく飛び跳ねたような足跡が
残っていることがよくあったようです。
その足跡(のようなもの)をつけたのはなにか、
として出されるのが、その妖怪になったようです。
そのため、雪婆なども一本足です。
そんなことを思うと、
イッポンダタラとは、あるいは、
『一本ばしら』あたりの音が変化した可能性も
あるのではないかと思えますが……
いまのところよくわかりません。
一本足の妖怪的なものをざっと眺めると、
なぜか、シルエットが
クリスマスツリーのもみのきのような、
一本足で三角形が上についたようなものが
結構あるのが気にはかかります。
視界が悪いところでは
一本だけ立っている針葉樹が
蓑かさをかぶった人に見えた……
なんてことがあったのかもしれません。
年代と地方とそこの言葉がわかれば
もっと理解は進みそうですが……。