直列☆ちょこれいつ

ちょこちょこ歩いた日々のつらなり

根源欲求



ちょっとした壊れ物を直しながら、
こどものころ、なにか物の調子が悪くなると、
わたしが中途半端に分解してとどめをさすからと
ひたすら嫌がられていたのを思い出しました。

なんで分解して壊してたんだっけ? と考えていたら、
ふと原因に思い当たりました。
わたしは「なぜ?」が知りたかったのだと。

分解を始めると、分解と動作の機構を見るほうが面白くなって
すっかり忘れてしまっていましたが、
いま考えると、いままで動いていたものが動かなくなるのは
「なぜ」なのかを知りたくてばらしていたのです。

もともとの状態がわからないので、動かなくなったときに
ばらしてみてはっきりと違いがわかることはまれでしょうが、
本当はそれを知りたかったのだと考えると、
わたしの普段の根源欲求もそれに近いのだと思えました。

数学者や天文学者などが、まったく価値と意味がわからないことに
熱中しているのをみて、あれになんの意味があるのだろうかと
うっすら思っていましたが、彼らは「なぜ」を
解こうとしているのだと思ったら、
とても近しいものを感じました。

そこから広く考えてみたら、人間は「なぜ」を知りたいのです。
そういう生き物なのだとわかりました。

電車が駅でもないところで止まったら、なぜ止まったのか知りたいのです。
車が渋滞に巻き込まれたら、なぜ動かないのか知りたいのです。
そして、自分が生きていることを考えたら、
「なぜ」生きているのかを知りたいのです。

人間の人間たるもっとも根本的なものは、
「なぜ」を知りたいという根源欲求にあるのではないかと、ふと考えました。